彼らの生活跡から木炭が出土し、火を使っていたことが確認された。土器は、まだ知らなかった。そのため、旧石器時代は、無土器時代とも呼ばれている。
1万年以前、氷河時代も終わり地球は暖かくなり、やがて縄文時代へと続く。
平岡町(加古川市)にも旧石器人の生活の跡(山之上遺跡)が残されている。
場所は、大中遺跡のすぐ西の潰目池である。昭和51年3月、潰目池の底から20点ばかりの旧石器が発見された。これらは約2万年前の石器であった。
これら旧石器の一部は、播磨町郷土資料館に展示されている。
それにしても、潰目池とは意味ありげな名前である。地名を研究されている石見完次氏は、『古地名新解・加古川おもしろ誌』で「潰目とは、割れ目、裂け目などの目である。一段高い地盤が崩れ潰れ目ができ、そこに池を造ったので潰目池か」と説明されている。
*写真は、旧石器が発見された潰目池。

