
22.二俣探訪:神様!お願いしま~す!
きょうは、神社の鳥居の話題です。この話題は、二俣の住吉神社に限ったことではありません。
◇消える石の習俗◇
挿絵のように鳥居に石ころが載っている風景は、年配の方にとって、懐かしく思い出されると思います。
「悪戯(いたずら)かな・・・」と思われたのではないですか。
この石ころについて『つぶて(中沢厚著)』(法政大学出版センター)の一節を読んでおきます。
・・・どうして、このようなところ(鳥居)に小さな小石が載っかかっているのか不審がって見上げた人もあるだろう。
「願かけのつぶて」ともいって、これは全国的な信仰習俗です。
何かを願って小石を投げ、「うまく載っかかれば願いがかなった」という一種の占いにも通ずる・・・
つまり、「神に自分の願いが通じ、神からOKのサインの証として、小石が鳥居に載っかかったのである」というのです。
この石投げの習俗は広く行われていたものの一つでした。
石投げは本来、神と人間の交流の手段でした。
こんな風習を見ることも、すっかり少なくなりました。
石が落ちてきたら危険だからでしょうか、二俣の住吉神社の鳥居(享保二年・1717建立)にも小石は載っていません。
神社の境内から子どもの遊ぶ声が少なくなりました。こんな石の習俗も急速に影をひそめています。
(蛇足)
神社の鳥居は、「鶏の止まり木から発達したもの」と言われています。
