21.住吉神社②・二俣の住吉神社は江戸時代の前半の創建か

最初に、お詫びしておかねばなりません。

二俣の住吉神社に関しては、話の都合上詳細な調査もなく分かっていることをとりあえず書いています。後日の調査で、詳細を書きたいと考えています。

『兵庫県神社誌』(昭和13年発行)を読んでおきましょう。

(二俣)住吉神社

 鎮座地  平岡村二俣字池之内

 祭神   底筒之男命(そこつつのおのみこと)

  中筒之男命(なかつつのおのみこと)

 表筒之男命(うわつつのおのみこと)

 息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)

*    読み方をつけておきます。なお、息長足姫命は神功皇后(じんぐうこうごう)のことです。実在の人物ではありません。

由緒   創立年月不詳にして、享和元年(1801)九月社殿を再建し、明治七年二月村社に列っせらる

境内   九百七十五坪  官有地

造営物  本殿 桧皮葺流造三坪五合

     幣殿 瓦葺入母屋造四坪

     拝殿 瓦葺入母造十二坪

境内神社(本殿を取り巻く神社境内の小さな社。いずれも、村内の他の場所にあった神社を明治44年1月18日に現在の場所に移す。この項省略)

祭日   夏祭  六月三十日(太陰暦)

     例祭  十月十五日

氏子   六十五戸 

上記の『神社誌』の記述も二俣の住吉神社の創建について「不詳」としています。創建された年代は分かりません。

しかし、近在の住吉神社の創建のほとんどが江戸時代であり、二俣の住吉神社はいたみがひどかったのか享和元年(1801)に再建しています。とすると、江戸時代のはやい時期に創建されたと考えられます。

なお、一色・住吉神社の創建については『いっしき(風土と歴史)』(一色町内会)に次の記述があります。

「・・・(一色)住吉神社の社殿は、寛永五年(1628)に建てられ、その後神社に付属した文化財の増加は徐々に増加していく・・・・・」

二俣の住吉神社は、一色住吉神社より若干新しいのではないかと考えられます?

*写真は二俣の住吉神社

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